Entries from 2020-01-01 to 1 year

アンタイトー

激務に追われていてもじゅうぶんに眠る才能を持つこの人でさえ、今は眠れないのだ。 彼女のパソコンのオーディオからはさみしいジャズが流れていた。ふたつに分解されて平面をなぞるだけになった金管のぬくもりやピアノの調べが切なく、空気を重くしていく。…

君主に宛てて

私がどれほどあなたを愛していて、どれほど憎んでいるか。 そんなことは誰もが一生知らなくていい。あなたはもちろん、私だって。 君主に対して頭を下げながらありがたそうに進み出て、偉そうなその首に手をかける。力の限りに絞って、絞って、動かなくなる…

一瓶の毒薬を

ガラスを噛み砕くように生きる。 遠くの島で響いて終わらぬ歓声と、すぐ近くの始まらないエイトビート。私は決定的な刹那が来るのを待望していた。そして、同時に訪れる決定的な言葉を何より恐れていた。重厚で空気を含んでいる、まるで相反するかのような性…

それは残酷な訪問だった

私達は愚かさの末裔だ。怠惰に腰を据え夜半細々散歩に出ては朝の影に胡座をかく。その涼しさに休んでも自分ではない別個人の考えていることなど見当がつかないしついても理解ができない。何を思ってその言葉を選びなぜ地上からいなくなることを選んだのか、…

明烏が鳴いている

あなたの好きな音楽を教えてください。あなたが私に、教えてもいいと思うなら。 ある人がいなくなってしまった。あなたは聞いたこともない名前の人かもしれない。すこししてその体は見つかった。悲しみにしずんだまま一週間が過ぎていて、一日ははやく終わる…

グレープフルーツを割る話

生きていくのに必要なものはなんだろうか。 ボールペン、本棚、紙、落書き。バイブルに水分、椅子、音楽。 甘いものとガムとモンエナはないとやっていられない。 あなたの好きな音楽は何ですか、ええ、私は。 ゴミだらけの海に死す。 使わないのに少しずつ厚…

ここでは自由に生きられるよ

四月のことは好きだったけれど、不信感はあったのだ。 なんでもできるんじゃないかとか、未来は素敵になるかもしれないとか、期待をはらんだ風を吹かせるくせに、けっきょくそうはならないから。 四月、ぼんやりうつくしい遠くの空が好きだった。誕生日に与…