平明に打ち震え

私は、遠い夏を待っていた。後に引けなくなってきた人生の一掃を図る、ちょうどよい機会を待っていた。 おごりあったソフトクリーム。食い意地をはって、私達は、溶ける前に平らげた。指先は、彼女の頬の温度を感じなかった。夏の暑さに馴染めぬ彼女の体を、…

Vertu sæl, Engiferöl.

あなたと生きていくのがつらい 指先が荒れている、今朝花を持った。 薄情な私はずっとあなたの愛を求めている。 与えることをせずに、だってどう与えるものなのか。 適温の部屋で冷えた机に頬を張りつける。 音が聞こえる、三年掃除していないクーラーの、暖…

懺悔

私が無下にしたものを数える。 数えきれないほどの被害者が、私のことをどこかで恨んでいる。 そう思うと、何もかも恐ろしい。 私が本当に傷つけてしまった人がいて、その人を傷つけるほどに愚かだったあの頃をなかったことにできるならどれほどうれしいこと…

ネブル

川の彼岸で女が水に倒れた。 私は女の身を案じて水浸しになった。 もしかして、私は怯えているのだ。 女が寒い、と呟いた。 凍えてしまいそう。 お前は冷たいから、私に触らないで。 必死に揺り起こそうとした私を嫌がった。 私はそんな人間を忘れられない。…

ラブコール

愛してほしくて生まれた煩悶に日々が停滞したことはあるだろうか。 静かなねむりのために流した音楽の意味を探したことはあるだろうか。 あるはずの答えを見つけられないのはどうしてか。忙しなさはそのいいわけだ。 その女の笑顔はまるで何かのまたたきのよ…

アンタイトー

激務に追われていてもじゅうぶんに眠る才能を持つこの人でさえ、今は眠れないのだ。 彼女のパソコンのオーディオからはさみしいジャズが流れていた。ふたつに分解されて平面をなぞるだけになった金管のぬくもりやピアノの調べが切なく、空気を重くしていく。…

君主に宛てて

私がどれほどあなたを愛していて、どれほど憎んでいるか。 そんなことは誰もが一生知らなくていい。あなたはもちろん、私だって。 君主に対して頭を下げながらありがたそうに進み出て、偉そうなその首に手をかける。力の限りに絞って、絞って、動かなくなる…

一瓶の毒薬を

ガラスを噛み砕くように生きる。 遠くの島で響いて終わらぬ歓声と、すぐ近くの始まらないエイトビート。私は決定的な刹那が来るのを待望していた。そして、同時に訪れる決定的な言葉を何より恐れていた。重厚で空気を含んでいる、まるで相反するかのような性…

それは残酷な訪問だった

私達は愚かさの末裔だ。怠惰に腰を据え夜半細々散歩に出ては朝の影に胡座をかく。その涼しさに休んでも自分ではない別個人の考えていることなど見当がつかないしついても理解ができない。何を思ってその言葉を選びなぜ地上からいなくなることを選んだのか、…

明烏が鳴いている

あなたの好きな音楽を教えてください。あなたが私に、教えてもいいと思うなら。 ある人がいなくなってしまった。あなたは聞いたこともない名前の人かもしれない。すこししてその体は見つかった。悲しみにしずんだまま一週間が過ぎていて、一日ははやく終わる…

グレープフルーツを割る話

生きていくのに必要なものはなんだろうか。 ボールペン、本棚、紙、落書き。バイブルに水分、椅子、音楽。 甘いものとガムとモンエナはないとやっていられない。 あなたの好きな音楽は何ですか、ええ、私は。 ゴミだらけの海に死す。 使わないのに少しずつ厚…

ここでは自由に生きられるよ

四月のことは好きだったけれど、不信感はあったのだ。 なんでもできるんじゃないかとか、未来は素敵になるかもしれないとか、期待をはらんだ風を吹かせるくせに、けっきょくそうはならないから。 四月、ぼんやりうつくしい遠くの空が好きだった。誕生日に与…

日々が曖昧

テストが始まる前のほんの一瞬がずっと続けばいい。 そんなことを、思ったことはない? トヨタの4WD、V6が停まって、小さな女の子が助手席から飛び降りた。 ある日の昼過ぎ駅前で、名前なんか知らないアイドルが、白いついたてに三方と大勢のファンに一方を…

後日談

その後にも、わたしは彼のゆめを見た。夢、夢、夢。 あれはほんとうに夢だったのか、そうじゃなかったのか分からない。刃を握って自ら突いたはずの胸は、目覚めた時綺麗だった。 それでも、きれいな胸の奥のほうに冷たいものがわだかまっている。 沢山のゆめ…

川上洋平の墓を見た話

以下の文章は実際の体験談に基づいておりません。 また、登場する人物、地名等の名称は実在のものとは関係ありません。 これは私が見た、ある夢の話です。 目の前に、その時代ありふれた墓があった。広い墓地の中でわたしはひとりで、否、土の下には静かな魂…

月の責任

半分残されて白けた月が光ってる 月には全て見られている気がした だれも知らないわたしが、なにも知らない月に暴かれる 月はなおも思う あなたの寂しさはどうしようもないらしいね 夜が更けるにつれて、わたしは行くあてをなくしたんだ それなのに、夜明け…