ラブコール

 愛してほしくて生まれた煩悶に日々が停滞したことはあるだろうか。

 静かなねむりのために流した音楽の意味を探したことはあるだろうか。

 あるはずの答えを見つけられないのはどうしてか。忙しなさはそのいいわけだ。


 その女の笑顔はまるで何かのまたたきのようだった。はたまた竹林のそよめきだった。夏のはじめに出会った女のしずかな佇まいは毎日の煩累によって生じた熱を冷ます氷水に思えた。けれど柔らかな陽射しのようにそれはずっと優しいのだった。

 空を撮る人はきらいだった。詳しくいえばだだっ広く空しい画面を収めたがる了見が知れなかった。それは今も変わらないけれどことその女に関しては大丈夫かもしれなかった。ほのかに温もる体や頬が不気味になってはじめて病に気がついたのだ。恋慕だった。

 新しい音楽をかけはじめたりした。苦しさのほうがずっと重かった暗闇が、ただ楽しかったりした。

 

 

 

 風においていかれた。世界ははやすぎる。ジャングルジムは高い。雲は世界なんかよりもっとはやい。

 高いギターは高くて、そしてじつはスコアも高い。ほしいのはやはり黒のスネークバイト。リフマスターは忘れえぬ輝きだ。

 六弦奏者は病んでいる。そいつは死にたがりだ。六弦奏者は一弦を失った。そいつはうごけない。

 一弦がなければ二弦は鳴らせない。重症だった。


 たった一本で弾いていたおじさんがいた。あの人はよかった。

 

 

 

 私は私を好きでいてくれるひとに一生気づかず死ぬかもしれない。かつてそういうひとをつくりかけていた。

 今の私ならあのひとと生きてゆけるのだ。けれどそんな感情は傲慢すぎて、たくさんの私があのひとのなかで失われていく。それで眠れなくなった。なにもかも私に起因してなにもかも私に返ってくる。輪廻転生だってイデアだって存在しそうな勢いで。

 眠くなったら眠ればよかったのにいつまでも夜の詩を書いていた。そういう症状だ。

 果てないものを欲している、それなのに。幸せな未来、反吐が出る。永遠の愛情、嘘っぱちだ。わすれなぐさだって語り継がれなければ意味がない。


 後悔は果たして、悪いのでしょうか。

 月日は薬ではなく、毒なのでしょうか。

 嘘つきは芸術家になれないのでしょうか。


 私は嘘っぱちだ。あなたのようには生きていない。揺籃のなかから窓の外を雲が走っていくのを眺めるだけの、未熟な存在。それでも愛していた。あなたが生きているのを。私がそこにいたのを。

 濁った油の中でふたりしてもがいていて、諦めた。その時間を永遠だと思った。けれど永遠までも。永遠までもが。


 いちばんになれないから、もうなにもしない。

 私たちはそれを愛と名づけたんじゃなかったか。

 

 


 おいていかれるのに恐怖心を感じたのは少し前だ。人のことを考えはじめたのと同時だった。自覚はむごい。

 風においていかれ、手から零れるのは愛おしい生贄たち。愛おしい生贄なんて、振る舞いだけだ。

 ピーターパンは彼らの世界を守っていた。自分の手で。彼の世界を愛して、隣人を愛して、恐れを排斥した。

 私にはできない。自分のために自分のための世界を守ることすらできないのなら、もういい。生贄たち。私の大切な思い出たち。手放すから、はやく解放してくれ。私を内向の世界から、ひとりよがりのあたたかいベッドから、叩き起こせよ。