川上洋平の墓を見た話

以下の文章は実際の体験談に基づいておりません。

また、登場する人物、地名等の名称は実在のものとは関係ありません。

これは私が見た、ある夢の話です。

 

 

目の前に、その時代ありふれた墓があった。広い墓地の中でわたしはひとりで、否、土の下には静かな魂があるのだが、生きた血の流れるのはわたしだけだった。

つるりと磨かれた石の肌に灰色の風が吹きつけて、『川上家之墓』、深く刻まれたその文字に溜まった昨晩の雨が震えている。凍えそうな季節であった。

 

生きている肌が真っ赤にかじかんで、わたしは生を実感した。ひしゃくも水いっぱいのおけも、手にもつ哀しみの花束その色も、向こうの山脈から下りてきた風に消し飛ばされそうだった。

 

砂が目に入って、一つまばたきをした。

 

肌に温い風が当たって、それだけ。机六個分離れた教壇で演説している男と何かを頑張る三十八人。今日は一人休んでいるらしかった。自分の左側が明るいので目をやると白っぽい雲が覆う曇り具合。目が痛くなる、ぼやけた光。

 

強い風も、あの寒さも、みんなどこかへ行ってしまった。土の下の空間で黙っていた彼のいのちの冷たさだけが、わたしの心に残っている。

あの刹那わたしは北北東を向いて、彼の墓と対峙していた。冷然と吹く北風に顔を殴られて、からっぽな胸に刃を立てようとした。わたしは笑おうとしていた。これは擬人法。

 

さようなら、川上洋平

 

墓前に立ったら、何もかもどうでも良くなってしまった。彼が紡いだ言葉や物語はわたしのものになって、わたしは好きなように噛み砕いた。ほんとうに丁寧に噛んだ。そして彼はおしまいになって、お別れをして、人々の中に埋められた。彼は間違いなく世界一のロックスターで、世界一の人生で、帳を下ろした。わたしではもう手が届かない部屋で、笑い声を上げている。

 

男の演説があまりにつまらないのと、腹がへっていたのとで眠ることにした。男の演説にでてくる数字が耳の外でぐるぐる回転している。

 

閉じていた目から涙があふれそうになって開けてみる。耳の外をごうごうと風が吹きすぎて中也の詩を思い出していた。汚れつちまつた悲しみに、今日も風さえ何とやら。愛しくかわいそうなあの詩人の死に際は、ほんとうにさみしいものだったけれど、わたしも大して変わらない。

 

子を失った悲しみの詩は愛人を失った悲しみの詩になった。だって愛人は、愛する人を失った悲しみを歌ってくれなかったのだ。自分がいずれ死ぬと分かっていたのだから、そういう歌のひとつ、残してくれればよかったのに。

 

血しぶきを上げた胸とそのしぶき、耳の外で回転する数字のすべてが灰色の風に散ってしまった。

 

 

以上問題がありましたらご教示ください。

こちらで消します。